哲GAKU 第1回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」告知ビジュアル

Park College #08

哲GAKU 第1回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」(前編)

Park Collegeでは、新たな連続講座「中西哲生の哲GAKU」をオンラインでスタートしました (毎月14日開催、全12回予定、無料)。 スポーツジャーナリストでパーソナルコーチも務める中西哲生が独自に構築したサッカー技術理論「中西メソッド」は、長友佑都、久保建英、中井卓大など日本のトッププレイヤーたちが実践して成果をあげていることで、あらためて注目を集めています。しかし、このメソッドが、ピアニスト・脳科学・数学・音楽・料理・建築・寺社仏閣など異業種や日本文化からも着想を得ていることは、まだあまり知られていません。この連続講座「哲GAKU」では、さまざまな分野の専門家をゲストとして迎え、その功績の秘密を言語化し、「中西メソッド」のさらなるアップデートを図っていきます。

第1回目は「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」をテーマに、「ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム」などの著書を持つ、演奏科学者でソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)リサーチャーの古屋晋一をゲストに迎えて、2020年9月14日(月)に実施されました。なぜ久保選手はドリブルのときに指を開いているのか…、そんなお話も聞けました。

サッカーやスポーツの技術を向上させたい方も、スポーツにはあまり縁がない方、指導する立場の方も、さまざまな分野の知見をスポーツ技術に応用しコーチする中西哲生の視点から、ぜひ自身の学びや気づきに繋げ、楽しんでいただければと思います。

「この音を出すために、身体を最適化する」

哲GAKU 第1回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」開催風景1 中西哲生

中西哲生(以下、中西): 今回始まりましたこの『哲GAKU』では、様々な方をお招きしながら、色々なものを学んでいく場にしたいと思っています。僕はスポーツジャーナリストとして活動していますが、サッカー選手のパーソナルコーチもしています。そのなかで選手たちに伝えているのは『N14中西メソッド』というものですが、これは日本のサッカーをより進化させていくために、日本の文化や神社仏閣、昔からの建築様式、もしくは他のスポーツからといったように、まったく違う分野の方々や文献などから、ヒントを得て構築してきたものです。かれこれ15年ほどそういったことをやってきましたが、『哲GAKU』の第1回にはそのなかでも一番大きな影響を受けた方をお招きしました。『ピアニストの脳を科学する』という本を出版されている、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の古屋晋一さんです。

古屋晋一(以下、古屋): よろしくお願いします。

中西: YouTubeをご覧になっている方は、おそらくなぜサッカーとピアノなのかと思っているでしょうが、そのまえにまずソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)というのはどういった活動をされているのですか?

古屋: CSLはコンピューター、サイエンス、研究所(ラボ)、の略なのです。それもあって、コンピューターの研究をしていると思われがちですが、実際は農業を研究している人がいたり、義足の研究をしている人がいたりで。人類の未来に貢献するものなら何をしてもいい、という研究所なのです。

中西: 素晴らしいですね。そのなかで古屋さんは、ピアニストを科学していると?

古屋: そうです。音楽家に貢献するための研究をしていて、さらにそれを役に立つところまで持っていく。それが使命です。

中西: 普段はピアノを教えているのですか?

古屋: 芸術を教えることはできないので、ピアノを弾く際の身体の使いかたの指導ですね。こんな音を出すためには、こんな身体の動きを伴って出す。どうやって身体を最適化したらその音が出せるか、とか。

中西: 身体を最適化する。科学に近い言葉が出てきましたが、現役のサッカー選手だった当時に、僕には解決できないことがありました。ひとつは思考です。サッカーでも日常生活でも、いくつかのことを同時に考えなければならない。同時通訳者のように、頭のなかでもうひとりの自分が考えているイメージです。ピアノもマルチタスクですよね? 鍵盤を叩くことと、譜面を見ることで?

古屋: それを未来と、現在と、過去と、全部回しながらやっています。時間軸が入ってきます。

「久保建英はピアノを弾くようにドリブルする」

哲GAKU 第1回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」開催風景2 古屋晋一

中西: ピアニストはマルチタスクに動きが伴う。動きはサッカーに当てはめるとパフォーマンスの部分で、そこに僕の指導のヒントがあるのでは、と考えました。

古屋: その着眼点がすごいですね。

中西: その局面にもっともふさわしいプレーを、マルチタスクをこなしながら10回に1回しかできないのでは、プロとして生きていけません。

古屋: 再現性がないですからね。

中西: 1回ではなく2回、3回……と増やしていくことが、サッカー選手の僕にとっての課題でした。そのときに、自分がやっていることを言語化ができれば、それが論理になると思ったんです。論理になるということは、再現できる可能性が高まる、と。

古屋: おっしゃるとおりですね。身体を使う部分を言語化できる人とできない人がいて、それは、スランプに陥ったときに良い状態の自分に戻れるかどうかの違いとして現われます。

中西: 言語化されていれば、一度失敗したあとも戻ることができるわけですよね。マルチタスクをこなしながら再現性のある技術を発揮するには、言語化が絶対に欠かせない。そう考えていた僕にとって、『ピアニストの脳を科学する』はとてもヒントになったのです。では何がヒントになったのかということですが、僕がパーソナルコーチをしているサッカー日本代表の久保建英選手は、ドリブルをするときに指が開いています。『ピアニストの脳を科学する』から着想を得て、ピアノを弾いているような状態でドリブルをしています。

古屋: 映像を観たら、確かに指が開いていましたね。

中西: サッカー選手は上半身をうまく、力まずに使いたい。右にも左にもスムーズに動きたい──そのためにはどうしたらいいかということで色々な文献に当たって、肩の高さがつねに平行な状態で動くことが重要で、肩の高さと眼の高さが平行であれば、右にも左にもスムーズに動ける可能性があることを学びました。そこでさらに肩、肘、手首、の3関節で上半身を動かすのではなく、胸骨と鎖骨がつながっている胸鎖関節も動かすと、4関節となって肩が平行に動きやすくなることを知りました。

古屋: 久保選手の動きを映像で観ると、4関節で上半身を動かせていました。

「間違った感情が演奏に宿らないようにする」

哲GAKU 第1回「中西メソッド×ミュージシャンを科学する」開催風景3 中西哲生(左)、古屋晋一(右)

中西: 古屋さんが指導をしているピアニストの方々に、鎖骨の話をした時はどういう反応がありますか?

古屋: 苦笑いですね。いきなり身体の話をされても、頭のなかに疑問符が浮かんでしまうのでしょうね。

中西: 僕は両手にテニスボールを持たせて練習をしました。そうすると、指を開いてしか使えなくなる。

古屋: そこでは頭の位置というのがまた大事で、頭が前に出てしまうと胸鎖関節が固まって動かなくなってしまいます。

中西: 頭の位置が前に出過ぎないで後ろに来ないと、胸鎖関節がうまく動かない、ということですよね。『ピアニストの脳を科学する』で驚いたのは、一流のピアニストは腕を上腕二頭筋で上げて、弛緩させて、力こぶが緩むことで腕が落ちる自由落下の動きだと。手の重さで鍵盤を叩いているのですよね? 叩いているのではなくぶつけているような感じでしょうか?

古屋: 落としている、という感じですね。ピアニストは演奏の時間が長いですから、いかに省エネするのかがすごく大事になってきます。一流のピアニストは省エネが上手だと聞きます。

中西: 前提として正しい姿勢でなければ、胸鎖関節が使えない。自由落下は不可能だと思います。

古屋: 不可能ですね。きちんと姿勢が整っているからこそ、動く準備ができて、腕がストンと落ちる。ですから、ひとつ前の段階として「きちんとした姿勢を整える」ことが、実はすごく大事ですよね。表現方法を変えると、不必要な感情が入らないことが大事、と言うこともできます。

中西: 僕が選手にいつも伝えているのは、決まるシュートのフォームを遂行するのみだよ、と。「おっしゃあ、決めてやるぜ」という感情の入れ込みは力みを生み、きちんとした姿勢、つまりフォームが整わないことにつながってしまいます。ピアニストは演奏をしながら感情を表現しているイメージがありますが?

古屋: そこは難しいですね。音楽では感情を込める作業が、スポーツ以上に大きな要素だと思います。それなのに感情をコントロールしろと言われたら、違和感を覚える方はもちろんいるでしょう。素敵なショパンを感情たっぷりに弾くことを、大切にされているピアニストもいる。けれど、無駄な感情が入ると力みになってしまうので、作曲家が望む感情が込められた音を生み出せない。自分の感情が大事なのか、作曲家の感情が大事なのか──間違った感情が演奏に宿らないようにするのが一番の肝かな、と思います。

中西: 優れたサッカー選手は、理想のパフォーマンスを自分の記憶に録画する、という作業をします。いまのお話を聞いていると、ピアニストの方々も同じですね。

古屋: 僕はそのように推奨しています。どうしてうまくいったのか、すごく素敵な体験を言語化して説明できるようになれば、『あっ、もう一回できるね』ということで。それをお手伝いするのが僕らの仕事ですかね。

中西: 僕もまさにそうで、再現性をお手伝いするのが仕事です。

古屋: そうですね。すごくいい表現ですね。

(以下、後編へ続く)

テキスト:戸塚啓(スポーツライター)

Profile

中西メソッド

「中西メソッド」とは、現在スペインで活躍する久保建英、中井卓大、など日本のトッププレイヤーたちも実践する、中西哲生が独自で構築した、欧米人とは異なる日本人の身体的な特長を活かし武器にするためのサッカー技術理論。

中西哲生が、世界の一流選手のプレーを間近で見てきた中で、欧米人と日本人の姿勢やプレーのフォームの違いに着目。中村俊輔への技術レクチャーを始めたことで、「日本人の骨格、重心の位置に着目し、より日本人に合ったフォームを構築できれば、日本人はもっと伸びるに違いない」という考えから生まれたメソッドである。

中西哲生 Tetsuo Nakanishi

スポーツジャーナリスト/パーソナルコーチ。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレイ。現在は日本サッカー協会参与、川崎フロンターレクラブ特命大使、出雲観光大使などを務める。TBS『サンデーモーニング』、テレビ朝日『Get Sports』のコメンテーター。TOKYO FM『TOKYO TEPPAN FRIDAY』ラジオパーソナリティ。サッカー選手のパーソナルコーチとしては、当時インテルに所属していた長友佑都を担当することから始まり、現在は永里優季、久保建英、中井卓大、斉藤光毅などを指導している。

古屋晋一 Shinichi Furuya

演奏科学者/ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)リサーチャー。3歳からピアノを始め、KOBE国際音楽コンクール入賞などを果たす。大阪大学基礎工学部を経て、医学系研究科にて博士(医学)を取得。ピアノ演奏やその熟達を脳神経科学や身体運動学の観点から研究し、「ダイナフォーミックス」という新しい領域を確立した。