Park College #09
哲GAKU 第2回「中西メソッド×勝負脳の鍛え方」(前編)
Park Collegeでは、新たな連続講座「中西哲生の哲GAKU」をオンラインでスタートしました (毎月14日開催、全12回予定、無料)。 スポーツジャーナリストでパーソナルコーチも務める中西哲生が独自に構築したサッカー技術理論「中西メソッド」は、長友佑都、久保建英、中井卓大など日本のトッププレイヤーたちが実践して成果をあげていることで、あらためて注目を集めています。しかし、このメソッドが、ピアニスト・脳科学・数学・音楽・料理・建築・寺社仏閣など異業種や日本文化からも着想を得ていることは、まだあまり知られていません。この連続講座「哲GAKU」では、さまざまな分野の専門家をゲストとして迎え、その功績の秘密を言語化し、「中西メソッド」のさらなるアップデートを図っていきます。
第2回目は「中西メソッド×勝負脳の鍛え方」をテーマに、「勝負脳の鍛え方」の著書を持つ、脳外科医の林成之をゲストに迎えて、2020年10月14日(水)に実施されました。「ボールが止まって見える」と話した野球選手 川上哲治は、股関節でボールを見ていた!? 股関節と脳の関係とは・・・。脳や記憶の仕組みを紐解くだけでなく、スポーツや仕事、生活における脳の活用方法も学べるお話が聞けました。
サッカーやスポーツの技術を向上させたい方も、スポーツにはあまり縁がない方、指導する立場の方も、さまざまな分野の知見をスポーツ技術に応用しコーチする中西哲生の視点から、ぜひ自身の学びや気づきに繋げ、楽しんでいただければと思います。
「イルカはなぜあんな に早く泳げるのだろう」
中西哲生(以下、中西): 現在僕はスポーツジャーナリストだけでなく、サッカー選手のパーソナルコーチとしても活動しています。選手を指導する際には『N14中西メソッド』を用いていますが、これはサッカーやスポーツと直接的に関連のないジャンルからも着想を得て構築してきました。第2回目となる今回の『哲GAKU』では、メソッド構築の初期段階で大きな影響をうけた方にお越しいただきました。日本大学名誉教授であり、脳神経外科医の林成之先生です。本日はよろしくお願いします。
林成之(以下、林): よろしくお願いいたします。脳神経外科医ではありますが、最近は脳の知識をスポーツに生かす仕事がほとんどになっています。
中西: 私も先生のご著書『勝負脳の鍛え方』を読んでいます。まずは脳神経外科医の先生が、スポーツと交わることになったきっかけからお聞きかせください。
林: 競泳日本代表の上野広治監督(当時)から電話がかかってきて、「勝負脳をうちのチームに導入してくれないか」というのがきっかけでした。そこで、日本の選手の泳ぎで、どうやったら世界の舞台で勝てるようになるのかを、まずは説明しに行きました。多くの選手はメンタルトレーニングだと思ったようです。
中西: 僕が選手なら、同じように感じたかもしれません。
林: でも、教えたいのはメンタルでは勝てないということで、技術から勝負していく作業を指導しました。私はマイアミ大学へ脳外科医として留学したことがあり、海洋研究所のメンバーと「イルカはなぜあんなに早く泳ぐのだろう」という議論をしたことがありました。そこでの結論は、イルカは尻尾で海面をバチャバチャと叩いているのではなく、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、と上げて泳いでいるのです。つまり、身体の前に水が流れるような、波乗りをしているような泳ぎ方をやっているのですが、その泳ぎをしている選手が当時世界にふたりいました。
中西: 誰でしょうか?
林: アメリカのマイケル・フェルプス選手と北島康介選手です。普通はキックする時に足をこうやる(手を上下させる)選手がほとんどですが、北島選手はこういう上げ方なんです(といって、さきほどよりもゆっくり、かつ上へ伸びるように手を上下させる)。お腹の前に流れる水に乗っているように泳いでいる。当時コーチだった平井伯昌さんにその話をしたら、「康介だけは違うんです」と。
中西: 平井コーチは気づいていたのですね。北島選手とはどんな話をしたのですか?
林: 当時の彼はスランプに陥っていました。泳ぎ方のリズムをうまく生かしていない、というのが僕の意見だったのです。人間の脳は海馬 回というところで考えを生み出しているのですが、そこが1秒間に4から8サイクルの神経活動の時に、一番機能するようになっています。そのリズムに乗ればいけるのではと思ったのですが、それは失敗しました。
中西: ええっ、そうだったんですか。
林: その時に平井コーチから、「オリンピックで急に記録を伸ばす選手がいるのですが、どういう仕組みでしょうか」と聞かれました。すぐには答えられなかったので、オリンピックで急激に成績が伸びた選手をリストアップしました。最初に岩崎恭子選手、2番目にカール・ルイス選手、3番目に ウサイン・ボルト選手。さて、どこが違うのか。
中西: どこが違うのか?
「4拍子シンコペーションで、北島選手はスランプを克服しました」
林: 人間の神経活動のリズムを、わざと遅らせていたのです。イチ、ニイ、サン、シイではなくイチ、ニイ、サン、シィィと、半拍子間合いを入れるのです。そうすると人間は、本能的に「遅れた」と思います。遅れたと自覚したら、本能的にリズムが加速することに気づきました。岩崎選手はイチ、ニイ、サン、シィィとリズムを追って泳いでいました。
中西: それはすごい発見ですね。
林: 北島選手にすぐにその話をしました。前半は遅くても、ターンでそのリズムに乗ったらこっちの勝ちだと。水中波乗りターンに、4拍子シンコペーションという名前を付けました。そのリズムで泳いでいくと、後半加速が無意識のうちに起こるようになりました。北島選手はスランプを克服しました。
中西: そのお話を聞いて、サッカーのドリブルのヒントになりそうだなと思いました。ドリブルを教える際に、「早く」は誰もが求める。それよりも「テンポ感」が身体に伴わないといいドリブルにはならないと、僕は久保建英選手らに説明しています。
林: テンポ感というよりも加速、後半加速じゃないでしょうか。それをやったのは18年の平昌オリンピックのパシュートです。
中西: 金メダルを獲った女子の団体パシュートですか?
林: 残り2周までは、オランダにリードされていました。そこからイチ、ニイ、サン、シィィのリズムに変わったのです。それまで勝てなかったオランダを、1秒近く離して五輪新で金メダルです。
中西: 『勝負脳の鍛え方』を読んで、「知能と気持ちとココロ」が整っていないと、言いたいことがうまく伝わらないことを学びました。ここを少し掘り下げていただきたいのですが。
林: 人間の脳は場所、場所によって細胞の大きさや密度が違っています。細胞は周りの細胞と仲間になって情報を知り、脳に伝えながら生きているという基本形があり、それが本能です。細胞由来の本能です。本能が前頭葉と反応すると、そこに気持ちが生まれてくる。前頭葉で「これは合っている、これは間違っている」というふうにして、同期発火という現象が起こるのです。
中西: 同期発火とはどういうことですか?
林: 僕と中西さんの頭は、物理的につながっていませんよね。
中西: はい、アクリル板もありますので(笑)。
林: それでも、考えていることは伝わっていきますよね。
中西: 言葉を使って、伝わってきます。
林: それを同期発火というのです。同時に脳細胞が活動する現象です。
中西: 僕と林先生の脳は、今まさに同期発火しているのですね?
林: そういうことです。同期発火が起こることで、人間の気持ちが生まれることになっているのです。お互いが嫌いになると、同期発火できません。
中西: それは、指導をする時に影響しますね。
林: します。選手はコーチから指導を受ける時に、コーチを好きになっていないとダメです。コーチを尊敬してないといけない。尊敬していない人との会話では、同期発火は起きませんので。
中西: 指導においても、会社内の関係においても。
「共に育っていく感覚が、人間の脳を最高に生かします」
林: だから、嫌いな人でも好きになる力はすごく大切です。人間はすごい人の近くにいるだけで立派になり、ダメな人の近くにいるだけでダメになっていく。気持ちの仕組みとはそういうことです。
中西: 同期発火によって、お互いを高め合っていくのですね。
林: もうひとつ、細胞由来の本能ではなく組織由来の本能も育っていきます。そこには、間違ったことを嫌い、自分でやりたい気持ちが芽生えて、その考えに従ってレベルアップしていく。そのときに、組織由来の本能の中で自分でやりたいという本能と、違いを認めてともに生きるという本能が、人間力を生み出していくのです。
中西: 違いを認めて共に生きるというのは、嫌いな人を好きになることでもありますか。
林: そうですね、そうすると同期発火します。前頭葉に気持ちが生まれて「よしやってやろう」となったときに、自己報酬神経群というものがあります。自分で自分にご褒美をあげる神経群で、自分で自分に言わないとダメなのです。人から言われてやるのは自己報酬ではないのです。
中西: 自分で能動的に動くことが、自己報酬なのですね。
林: 日本には教育という言葉があります。教え育てるということですが、人間の脳はそれを嫌がります。「ああしろ、こうしろ」と指示されるのは好みません。なので、何か失敗した生徒がいたら、先生は「どうして失敗したと思う? 自分はこういう理由だと思うけれど」という会話をしたほうがいのです。
中西: 失敗の理由を一緒に考える?
林: それが、共に育つということで「共育」です。
中西: 一緒に考える指導者が、脳にとってはいいのですね。
林: 最高ですね。共に育っていく感覚が、人間の脳を最高に生かします。
中西: 失敗から成功への導きかたはどうでしょうか?
林: 失敗した時の微妙なニュアンスを言わせる。「なるほど、そういうことなのか」という会話をするのです。詳しく考えていくことが、知能を育む第一条件です。次に、繰り返し、繰り返し考えることによって、知能はレベルアップしていきます。
中西: 僕は毎日考えると疲れてしまうのですが、日にちを空けたほうがいいですか?
林: それは、言えますね。人間の脳は3日空けると忘れる仕組みになっています。3日前の夕食は何を食べたか、いますぐに言えますか?
中西: ええと……。
林: 3日経つと新しいスタンスで考えられます……が、理論的にはそうなのですが、人間は自然に考えてしまいます。ですから、繰り返し考えるのは、すごくいいことなのです。
中西: どういった考え方がいいのでしょうか?
林: 思ったように答えが出ない時に、どうしてうまくいかないのかをもう一度考える。先ほどお話したように、人間は違いを認めて共に生きるという本能を持っています。最近はちょっとでも意見が違うと、すぐにバッシングしたりするじゃないですか。あれは、人間の脳をあまり使わないやり方なのです。
中西: 脳科学的には、まず相手を認め、そこから考える。
林: 自分とは違うことをなぜ言っているのかを考える。そうするとその理由が見えてくる。その時に、繰り返し、繰り返し考える。繰り返し考えることは、人間の脳を最高に使っていくひとつの方法論です。
(以下、後編へ続く)
テキスト:戸塚啓(スポーツライター)
Profile
中西メソッド
「中西メソッド」とは、現在スペインで活躍する久保建英、中井卓大、など日本のトッププレイヤーたちも実践する、中西哲生が独自で構築した、欧米人とは異なる日本人の身体的な特長を活かし武器にするためのサッカー技術理論。
中西哲生が、世界の一流選手のプレーを間近で見てきた中で、欧米人と日本人の姿勢やプレーのフォームの違いに着目。中村俊輔への技術レクチャーを始めたことで、「日本人の骨格、重心の位置に着目し、より日本人に合ったフォームを構築できれば、日本人はもっと伸びるに違いない」という考えから生まれたメソッドである。
中西哲生 Tetsuo Nakanishi
スポーツジャーナリスト/パーソナルコーチ。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレイ。現在は日本サッカー協会参与、川崎フロンターレクラブ特命大使、出雲観光大使などを務める。TBS『サンデーモーニング』、テレビ朝日『Get Sports』のコメンテーター。TOKYO FM『TOKYO TEPPAN FRIDAY』ラジオパーソナリティ。サッカー選手のパーソナルコーチとしては、当時インテルに所属していた長友佑都を担当することから始まり、現在は永里優季、久保建英、中井卓大、斉藤光毅などを指導している。
林成之 Nariyuki Hayashi
日本大学名誉教授.。昭和14年富山県生まれ。日本大学医学部大学院医学研究科博士課程修了後、マイアミ大学医学部脳神経外科に留学。帰国後、日本大学医学部附属板橋病院にて、危篤患者に対する救命療法である脳低温療法を開発。平成5年日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター部長。18年日本大学大学院総合科学研究科生命科学専攻主任教授。現在、日本大学名誉教授。