哲GAKU 第5回「中西メソッド×√2」告知ビジュアル

Park College #12

哲GAKU 第5回「中西メソッド×√2」(前編)

Park Collegeでは、連続講座「中西哲生の哲GAKU」をオンラインで開催しています (毎月14日開催、全12回予定、無料)。

第5回目は「中西メソッド×√2」をテーマに、「雪月花の数学 日本の美と心をつなぐ白銀比の謎」などの著書を持ち、数学の驚きと感動を伝える数学エンターテイメントを実践しているサイエンスナビゲーター®の桜井進をゲストに迎えて、2021年1月14日(木)に実施されました。一見、数学とは無縁に思える絵画、彫刻等の美術や自然界に潜んでいる、数学理論に裏づけられた法則。コピー用紙が表す「白銀比」や、サッカーのフォーメーションに隠された図形とは…。そんなお話が聞けました。

サッカーやスポーツの技術を向上させたい方も、スポーツにはあまり縁がない方、指導する立場の方も、さまざまな分野の知見をスポーツ技術に応用しコーチする中西哲生の視点から、ぜひ自身の学びや気づきに繋げ、楽しんでいただければと思います。

「生物は合理的に生きています。最適戦略をとって生きていて、黄金角は最適解なんです」(桜井)

哲GAKU 第5回「中西メソッド×√2」開催風景1 中西哲生

中西哲生(以下、中西):9月から始まったこの『哲GAKU』は、Ginza Sony Parkのオンラインの連続講座となっております。今回のゲストは、サイエンスナビゲーター®の桜井進さんです。よろしくお願いいたします。

桜井進(以下、桜井):よろしくお願いします。

中西:僕が桜井さんを知るきっかけとなったのは、桜井さんの著書『雪月花の数学』との出会いなのですが、その本の中に出てくる白銀比にものすごく惹かれました。それまでは黄金比に引っ張られていたというか、みなさんが知っているところで言うとパルテノン神殿の縦横比は1対1.618で、ミロのヴィーナスの頭からおへそ、おへそから足、みたいなところも1対1.618の黄金比なんですけれど、それが理に適っていて美しいバランスだというところに納得はしていたものの、あまり腑に落ちていなかったんです。1対1.618が。でも、ある数学の本を読んだときに、黄金角というものを知りまして。

桜井:137.5077……。

中西:ひとまず137.5にさせてもらいます(笑)。

桜井:ええ、いいですよ(笑)。

中西:なぜ137.5が黄金角かというと、木の枝は137.5度のところについて、そうすると、少しずつずれて太陽をちゃんと浴びられるような角度になる、と。これは納得せざるを得ないというか。

桜井:生物は合理的に生きています。最適戦略をとって生きていて、黄金角は最適解なんです。ひまわりの花も同じように137.5度で花をつけて、何千個の花をつけると一番びっしりになる。これがちょっとでも角度が変わると、スカスカになってしまう。植物たちはそれを計算して知るのではなく、結果的にそうなったのだと思います。

中西:僕もそう思います。しかも、そういうものしか……。

桜井:残らなかった、ということでしょうね。科学者が後からその仕組みを分析して、理由付けをしているだけで、自然はオートマティックにそうなっている。我々の感性も、オートマティックなんです。これがいい、これはダメというのは、瞬間的に決めているんです。黄金比でできているものも、測って作ったのではなくて、結果的にそれがいいと。そこが本質なんだと、僕は思います。

「日本最古の建築物と呼ばれる法隆寺に、ちゃんと白銀比が入っている」(中西)

A4サイズのコピー用紙を手に説明する桜井進

中西:さて、それでは白銀比へ話を移していきたいと思います。まずは我々が日常生活で目にする白銀比は何でしょうか?

桜井:A4サイズのコピー用紙は分かりやすいでしょう。縦、横の比率が1対1.414で、それが白銀比と呼ばれるものです。

中西:僕は「14」という数字を大切にして生きているので、「14」がふたつ入っている白銀比には運命的なものを感じました。A4のコピー用紙が僕たちの生活に馴染んでいるのは、白銀比でできているからなのですね。でも、黄金比のほうが美しいのでは、という疑問が生じます。

桜井:それがダメなんです。A4のコピー用紙はノーベル化学賞を獲ったドイツの化学者がデザインしたと言われています。ヨーロッパの人だから、黄金比を知っているはずなのに使わなかった。

中西:なぜ、ですか?

桜井:A4を半分に折るとA5になります。さらに縦に半分に折るとA6になります。A5とA4は相似です。コピー用紙は半折りしていっても同じ縦横比です。そうなる長方形はただひとつ、白銀長方形だけなんです。黄金比の黄金長方形は、半折りにしたら黄金長方形にならないんです。

中西:相似の関係にならない、と。

桜井:つまり、白銀比というのは機能的なんです。とっても便利。A4を2枚並べるとA3になりますね。それが、コピー用紙に白銀比が使われた最大の理由です。

中西:なるほど……改めて聞いてすごく納得した部分があります。次に白銀比というと、僕がびっくりしたのが法隆寺です。日本最古の建築物と呼ばれる法隆寺に、ちゃんと白銀比が入っている。金堂の1階の幅が1.414で2階が1。五重塔の一番下の屋根は1.414で、一番上が1になっている。あとは山陰伽藍の縦横比が1対1.414です。これは意図的なのでしょうか、偶然なのでしょうか?

桜井:建築家の記録が残っていませんから、推測でしかないですが、造ってみたらこうだった、というかこれを良しとしたのが最大のポイントだと思うんです。これがいいと思ってデザインをしているわけで、そこのセンスの部分、感性が、結果としては大事かなと思います。つまり、黄金長方形ではなく白銀長方形を結果として選んでいる。それはなぜか、というところですよね。

中西:それは、ちょっと細長いものよりも正方形に近いものを日本人は好んでいる、といったことなのでしょうか?

桜井:日本人は世界で一番正方形を好んでいる民族です。もともと正方形が大好きで、いたるところに正方形がありますよ。

中西:こたつと言えばいまでは細長いものもありますが、基本は正方形です。

桜井:畳は2枚合わせると正方形ですよね。茶室は正方形だらけです。それプラス、正方形の対角線が白銀比なので、正方形を使うということは白銀比を目の当たりにしている、ということにもなるわけです。そんなふうに正方形と白銀比の関係に、僕はずっと注目してきました。

「完成されたものより未完成がいい、15より14がいい、という感覚をサッカーに持ち込めれば、W杯で優勝できるんじゃないか」(中西)

哲GAKU 第5回「中西メソッド×√2」開催風景2 中西哲生

中西:僕は14という数字を、日本のなかに探してみたんです。そのなかで一番衝撃的だったのは、龍安寺の石庭です。みなさんも教科書で見たことがあると思いますが、枯山水庭園に5、2、3、2、3と5つのグループに分かれて合計15個の石が置かれていますが、軒下のどこから見ても14個しか見えない。そういう風に造られているんです。ここに14が現われてきたと興味を持ったのですが、なぜ14なのか。

桜井:諸説あるのでしょうね。

中西:はい、諸説あるなかのどれが正解なのかは分かりませんが、枯山水庭園は小宇宙のような定義、完全なもの、完全な場所だから15個なのだという説がありまして。「なぜ15が完全なの?」と言えば、「満月は十五夜って言うよね」と。

桜井:フムフム。

中西:満ちた月は15だから完全だ、と。龍安寺の石庭が14個の石しか見えないようにしているのは、日本人は「完成したらあとはもう欠けていくだけで、月も満月から欠けていく。それがあまり好きではないので14個しか見えない、つまり完成しない状態にした」と。

桜井:頭のなかで「15」を想起する。頭のなかでその絵を作る。

中西:お城にもそういうものが施してあって、家紋が逆向きについていたりする。完璧に造ると完成して滅びてしまう、と考えた将軍がいたのかもしれないですけれど。いずれにしても、14個しか見えないという未完成を貴ぶのは、日本らしい美学だと思ったんです。ところが、海外の学者さんが龍安寺石庭に来て、軒下に座るのではなく立つと、15個の石がすべて見える場所を探し出しました。そこからだけは見えて、他のところから見えないのは、僕自身も確認しました。この話を聞いたときに、僕は日本がW杯で優勝できるかもしれないと考えたんです。

桜井:ほほう、面白くなってきましたね。

中西:日本15個あるというファクトを確認したいわけではなくて、14個しか見えていないことを愛でている。これも諸説ありますけれど、日本はひとつの文化をひとつの国で有している世界で唯一の国だと。龍安寺の石庭はそれを象徴するひとつの事実でしょう。完成されたものより未完成がいい、15より14がいい、というこの感覚は世界のどこにもないものに違いなくて、それをサッカーに持ち込めればW杯で優勝できるんじゃないか、と考えたのです。

龍安寺の縁側に座って石庭を鑑賞する中西哲生

撮影 渡邉仁

「正方形を使う究極の理由は究極の美、それは一切の無駄を省いたもの、これが日本人のなかにはある」(桜井)

2人のトーク場面

中西:もうひとつ、石庭の間裏に水戸光圀公が寄贈したと言われる「つくばい」があります。そこには「吾唯足知」、「われ、ただ、足るを、知る」と書かれています。僕自身は「満足することを知ることが重要だ」と捕らえているのですが、足りない、足りないではなくて、15個あるうちの14個見えることに満足する、というようなことを、水戸光圀公は伝えたかったのではないかと思うのです。

桜井:「つくばい」は中央が正方形になっていますね。僕は世界中をくまなく旅したわけではないので、もしかしたらどこかに日本以上に正方形を愛する国があってもおかしくはないけれど、日本が特殊な国なのは間違いないです。日本は黄金比も愛でているけれど、あれは正五角形なんですよね。だから、簡単に言うとヨーロッパは五角形が大好き、黄金比が大好き。黄金比は自然界に現われてくるんです。生きているものはらせんを描くんです。アンモナイトがそうであるように。

中西:アンモナイトは渦巻ですね。

桜井:もっと言うと、台風だって生きているでしょう。らせんを描いている。さらに言うと、宇宙だって銀河だってらせんを描いている。ざっくり言うと、らせんのなかに黄金比が見つかるんです。ヨーロッパの人たちはそれを見抜いて、自然から学んで、建築だったり、アートだったり、モードの世界に、黄金比を取り入れている。それがヨーロッパの人の感覚です。日本にもその感覚がなくはないのだけれど、なぜか正方形が好き。なぜ日本人はこんなにもたくさん正方形を使うのだろうというのが、『雪月花の数学』の探求のポイントです。

中西:なぜなのでしょう?

桜井:正方形というのは、一切の無駄を省いた究極の止まっている形なんです。つまり、永遠の死を表わしている。著書のなかではあえて正方形と呼ばずに正四角形と呼んでいますが、「death」の死を想起させるために、あえて正「四」角形と呼んでいます。日本人は死というものに対して、究極の美を表現しようとしている。死を悪ものにするのではなく、死を美しいものにしようとする考えかたがありますよね。

中西:……(黙って頷く)。

桜井:死人を美しくしようとする考えに、僕はつながると思っているんですよ。日本人のなかでは正四角形が、一切の無駄を省いた死につながる。ヨーロッパの黄金比、らせん、フィボナッチ数列、黄金角というものは、すべて対象物の見たままの動きを表わしているんです。生きている様子を表わしている。それに対して日本は、「静」であり究極の死を表わすのが正四角形であり、白銀比だと。

中西:瞬間的な見た目で表わすと、たとえば円と直線ぐらい違う、ということですか。

桜井:そのぐらいの違いです。ほぼ正反対に近い。僕はこれを「心の物差し」と呼んでいるんですが、日本人には「黄金比の物差し」もあるんですよ。これは人類共通として。

中西:ヨーロッパとか日本とかは関係なく、地球上に住んでいる人間としてですね。

桜井:5対8の黄金長方形を「いい感じ」を覚えるのは、世界共通だと思います。日本の建築物にも、実は黄金比がたくさん使われています。そのなかに、正方形もたくさんある。正方形を使う究極の理由は究極の美、それは一切の無駄を省いたもの、これが日本人のなかにあって、それが俳句だったり、華道だったり、建築だったり、アートと呼ばれる作るものに、すべて表出している。もしかしたらサッカーでも、スポーツでも。その僕たちの感性をさらにアクティブにするかもしれませんね。

(以下、後編へ続く)

テキスト:戸塚啓(スポーツライター)

Profile

中西メソッド

「中西メソッド」とは、現在スペインで活躍する久保建英、中井卓大、など日本のトッププレイヤーたちも実践する、中西哲生が独自で構築した、欧米人とは異なる日本人の身体的な特長を活かし武器にするためのサッカー技術理論。

中西哲生が、世界の一流選手のプレーを間近で見てきた中で、欧米人と日本人の姿勢やプレーのフォームの違いに着目。中村俊輔への技術レクチャーを始めたことで、「日本人の骨格、重心の位置に着目し、より日本人に合ったフォームを構築できれば、日本人はもっと伸びるに違いない」という考えから生まれたメソッドである。

中西哲生 Tetsuo Nakanishi

スポーツジャーナリスト/パーソナルコーチ。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレイ。現在は日本サッカー協会参与、川崎フロンターレクラブ特命大使、出雲観光大使などを務める。TBS『サンデーモーニング』、テレビ朝日『Get Sports』のコメンテーター。TOKYO FM『TOKYO TEPPAN FRIDAY』ラジオパーソナリティ。サッカー選手のパーソナルコーチとしては、当時インテルに所属していた長友佑都を担当することから始まり、現在は永里優季、久保建英、中井卓大、斉藤光毅などを指導している。

桜井進 Susumu Sakurai⁠⁠

サイエンスナビゲーター®。東京理科大学大学院非常勤講師。東京工業大学理学部数学科在学中から予備校講師として教壇にたち数学や物理を楽しく分かりやすく生徒に伝える。2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の歴史や数学者の人間ドラマを通して数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て、現在に至る。小学生からお年寄りまで、誰でも楽しめて体験できる数学エンターテイメントは日本全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など多くのメディアに出演。『雪月花の数学』『面白くて眠れなくなる数学』など著書多数。