数寄屋橋交差点の風景に融け込む、山口幸士が描くガーベラの彩り。

Ginza Sony Park の営業終了後、2024年完成に向けた建替工事のため地上部分に仮囲いが設置されたのですが、その仮囲いには2023年1月末から画家・山口幸士の彩り豊かなガーベラが描かれています。同じタイミングで地下の西銀座駐車場脇のSony Park Miniのスペースで、ガーベラの原画を中心とした山口幸士の展覧会『Gerbera』が開催されていました(仮囲いは1年ほど展示予定、展覧会は2月8日に終了)。

2021年に Ginza Sony Parkで開催された『余白の記録』では、Ginza Sony Parkの風景を山口が切り取ってキャンバスに落とし込み、パーク内の随所に。点在して展示された作品を観るために来場者は会場を回遊するという、今思うとある種インスタレーション的な興味深さがありました。

今回は、Sony Parkとも縁が深い山口氏に作品とParkとの関係項、そして仮囲いのためのペインティングのコンセプトの背景を伺い、あわせて山口氏を選定した経緯をSony Parkを運営するソニー企業代表取締役社長兼チーフブランディングオフィサーの永野大輔氏が語ります。

インタビュー・文 / 山本憲資(Sumally Founder&CEO)

Ginza Sony Parkと山口幸士。

では、最初に山口さんとSony Parkの繋がりについて教えてください。

ART IN THE PARK by KOJI YAMAGUCHI 山口幸士 『余白の記録』 (2021)

山口:

永野さんから声をかけてもらって、Ginza Sony Park で最初に個展を開催したのは2021年でした。以前に建っていたソニービル自体には訪れたことがなかったので比較はしにくい部分はあるのですが、あのスペースを最初に訪れたときに、余白がちゃんとあるスペースだなという印象を持ったんですよね。

永野:

2020年に山本さんから山口さんを紹介してもらって、ちょうど開催されていた山口さんの個展を馬喰町のギャラリーまでさっそく見に行って、直感的に好きな作家さんだなと思いました。さらにそこで山口さんの絵を展示したいという以上に、今、この時期にしか存在していないGinza Sony Parkの空間を山口さんに絵に収めてもらえないかという風に思ったのですよね。

山口さんの作品であれば、この空間の空気感というものを写真とは違ったかたちでちゃんと伝わるものとして残していけるのではないかと。そう考えて依頼したのが2021年の展示ですね。

「余白の記録」展示の様子
「余白の記録」展示の様子

山口:

永野さんに僕の目線でGinza Sony Parkを切り取ってほしいとは言われたものの、最初は正直どうしようかなと戸惑っていた部分もありました。何度か実際に足を運びながら、ただ描くだけだとこの空間を表現し切れないかもと感じていました。展覧会のタイトルも『余白の記録』にしましたが、Ginza Sony Parkにはモルタルが剥き出しになった壁やデッドスペースといったいわゆる余白を感じるスペースが複数あり、そういう余白部分をモチーフとして扱うとともに、描いた絵を様々な場所に設置して、来場者に絵とともにパークの構造を愉しんでもらえるような展示を提案しました。そうなると割と入り込めて、ここを切り取ったら面白いなというアイデアが湧くようになってきましたね。

地下駐車場の床を描いた作品もそうですが、昔からある螺旋階段の絵をモルタルの壁に飾ったりと、建物の歴史を感じさせられるものにできたところがあると思います。

ストリートの中にあるアート。

確かに山口さんの絵は、ホワイトキューブにももちろん映えるのですが、不完全な空間でも強い存在感を発揮する印象があります。Ginza Sony Parkでの展示は、昨年の川崎の工場で開催したエキシビション『小さな光』のきっかけのひとつだったりもされましたか?

ART IN THE PARK by KOJI YAMAGUCHI 山口幸士 『余白の記録』 (2021)

山口:

コロナが始まって、美術館とかギャラリーが閉まっている中で、壁画のシリーズとは別で街に作品を展示をしていたことがあったんですよね。作品が街の中に普通にあったら面白いんじゃないかと思い。少し時間が経ったあとに外したり、友達が持って帰ってしまったりしたものもありましたね(笑)。そのプロセスが展示の前にあって、Sony Parkを経て、川崎の工場の展示に繋がっていった感じです。

白壁の空間だけではなく、コンクリート剥き出しの壁に展示してとか、結構実験させていただいた感じもあり。あの展示があって、川崎の工場での展示に踏み切れたところがやはりありますね。

NDK Recycle Factory (2022) / KAWASAKI

永野:

その話を聞いて、山口さんの作家としての歩みのプロセスにSony Parkが入っていて光栄だなと思うのと同時に、そのプロセスに共通するものとして『ストリート』との結びつきを感じる部分がありました。

ソニービルの時代からそうですが、あのビルは都市の結節点としての機能をそもそも備えていたのですよね。地下は地下鉄とも繋がっていて公共駐車場とも繋がっていて、地上では数寄屋橋交差点に向けて開けていて。

ソニービル時代はインターフェイスとしてのジャンクションに加えてショールームとしての機能があったので、地下でソニープラザに入ったらビルに入ったことがはっきり分かっていたのですが、Ginza Sony Parkはインターフェイスだけでなく機能としてもジャンクションの部分が強かったこともあって、地下にしても地上にしても、どこが境なのかを敢えてあまり分からなくしていました。公園にはそもそも扉がないですからね。

そんな背景もあって今の話で、まさにGinza Sony Parkもストリートの一つだったのだろうなと改めて思えて、山口さんの作品との結びつきにも必然性が感じられて嬉しいですね。『パーク』としての意味合いについてはこれまでも散々考えてきたところなのですが、ストリートとの結びつき方というのは山口さんの作品を展示していた当時はここまでクリアに意識はできていなくて、今振り返って考えてみることで、はっきり見えてきて。興味深いポイントです。

あとこういう場所で、作品が展示されるだけでなく販売できたのは広義のフリマとでもいうのか、街の中の公園的なスペースとしてこれも印象的な機能を果たしたなと。どちらかというとそもそもは販売するための企画ではなく、作品展示の方がプライオリティが高いのにそれなりのプライスの作品群がちゃんと完売してしまって。作品自体もホワイトキューブに比べると、ずいぶん見にくかったはずなのに。今の時代といえば今の時代っぽい話ですが、それを銀座のど真ん中で起こせたことはよかったですね。

パブリックに求めるもの、求められるもの。

そこから山口さんに仮囲いのための絵を依頼しようと思ったのは、いつ頃どのような経緯でしたか?

数寄屋橋交差点の仮囲いアート
数寄屋橋交差点の仮囲いアート

永野:

工事が始まるタイミングで、山口さんにお願いできたらいいなというのは考えていました。そもそも、仮囲いにアート作品を掲出したいと思っていたんですよね。Sony Parkに何かしらゆかりのあるアーティストでと考えたら、すぐ頭に思い浮かびました。

ルール的な話をすると、仮囲いって厳密にはGinza Sony Parkの敷地外なので、商業的な広告は掲出してはいけないことになっています。仮囲い自体も、パブリックスペースへの設置ということで許可申請の必要があるんです。そうすると仮囲いのビジュアルはアートにするのがいいんだろうなと自然に思いました。

東京都の条例で商業的なビジュアルは原則禁じられている地区があるのと、それに加えて銀座ルールという地域ルールもあって、割と厳しい審査があるんですよね。そういう背景もあって、パブリックに相応しいものをと振り切って山口さんに辿り着きました。

山口:

まだソニービルの時代、数寄屋橋交差点に面したスペースがソニースクエアという名称で外に開かれていて、そこにガーベラが満開に咲いていたという話を聞いていて。Ginza Sony Parkのエキシビションで展示した作品にもガーベラがモチーフのものありましたが、今回はビルだらけの銀座の街をガーベラで彩ることができたらいいなと感じて、このモチーフがいいなと思ったんですよね。

永野:

繰り返しになりますが今回の仮囲いのプロジェクトはPark内の展示よりも断然パブリック性が高いこともあり、作家性に寄り過ぎないというイメージを大事にしたところもありました。山口さんには失礼かもしれませんが、大半が作家のことを知らない人が目にするものであり、それでも成立しそうなイメージというのは考えていたところでしたね。

この仮囲いの壁自体も結局のところ公共物です。山口さんがさっき話していた街中の作品展示というのは、作品も含めて街の一部になることを求めてのアクションなのではと思ったのですが、その発想と近いところがあって。山口さんの作品のキャンバスとしての役割も当然果たしながら、僕の中では公共物としてもワークする落とし所というのを強く意識していました。

Sony Park Mini #25 "Gerbera"

山口:

自分も描く上で、その作家だからいいというところ以上に、ただ見て良いなと思える、いわゆる大衆性的なものを大事にしたところはあったかもしれません。描き方はもちろん自分の様式ながら、あんまり自分を出さないようにしていったところがあるというか。

あと、花そのものを描いているというよりは、花の概念を描こうと思ったところもあり、具体性がそこまで出ないようにしているところもあります。普段はモチーフの写真を撮ってから描くことも多いのですが、今回は頭の中のイメージを絵にしていきました。

Sony Park Miniに展示してもらっていた原画は10分の1サイズの幅3メートルのもので、それが幅30メートルまで拡大され、概ねイメージ通りになってよかったです。色校正も何度かしてもらって、色もかなり思った通りに出ていると思います。

それも銀座という街の力のひとつかなとも思うのですが、仮囲いにこの絵が掲出されてすぐに、姉も見に来てくれたみたいで。彼女は、心配もあったと思うのですが画家としての僕の人生をあまり認めてくれていなかったところがありつつも、ちょっと感動した、とメッセージが来ていてじんわり嬉しかったです。

あと、スケーターの先輩もさっそくこの絵の前に来てくれたんですよね、仮囲いの上を滑ったらさすがに傷ついちゃうだろうと留まってくれたんですが(笑)。普段は敷居の高いイメージのある銀座という街が、こういう作品をきっかけに、様々な人たちに少しでも開かれていくのは面白いことだなとも思っていますね。そこには賛否両論あるかもしれませんが(笑)。

永野:

交差点に面した仮囲いは規制が厳しくて実際に描いていただくのもなかなか難しく出力にしたところがあるのですが、ソニー通り側の仮囲いにも今後山口さんの作品を掲出できればいいなと考えています。今回の数寄屋橋交差点側に比べると相対的には人通りが少ないこともあって、こちらは直接描いていただける可能性がないかは検討してみたいなと思っています。

山口:

今までも壁画自体は描いたことはあるのですが、その規模のサイズの作品となるとなかなかないので実現してほしいですね。楽しみにしています。今日はありがとうございました。

山口幸士

神奈川県川崎市出身

街を遊び場とするスケートボードの柔軟な視点に強く影響を受け、日常の風景や身近にあるオブジェクトをモチーフにペインティング、ドローイング、コラージュなどさまざまな手法を用いて独特な視点に転換する。

2015年から3年間、ニューヨークでの活動を経て現在は東京を中心に活動している。

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